米国のCAFC判決の紹介(特許適格性判断)
米国においては、特許適格性(Subject Matter Eligibility, SME)が35 U.S.C. §101に基づく特許要件として規定されている。2014年の最高裁判決 Alice 以降、ソフトウェアやビジネス方法発明を中心に「抽象的アイデア」に該当するか否かが大きな論点となってきた。
2025年8月の連邦巡回控訴裁判所(CAFC)判決 PowerBlock v. iFit 1は、モーター駆動式の可変ダンベルに関するPowerBlockのクレームを、Alice テストの下で自動化という抽象的アイデアに向けられたものとして特許不適格と判断した下級審(地裁)の判決を覆し、機械的発明に関して「発明は要素ごとに分断してではなく、全体として評価すべき」と判断した。下級審では「自動化」という抽象的アイデアに還元して特許不適格と結論づけたのに対し、CAFCは、ダンベルの具体的な構造やモーターによる駆動機構といった物理的・構造的特徴を踏まえた全体的評価を行い、特許適格性を肯定した。
日本の審査基準における「発明該当性」判断
一方、日本の特許実用新案審査基準2(第III部 第1章 2.)では、特許法29条1項柱書の「発明該当性」の判断について以下のように説明されている。
発明特定事項に自然法則を利用していない部分が含まれていても、請求項全体として自然法則を利用していると判断される場合には、その発明は「自然法則を利用したもの」となる。逆に、一部に自然法則を利用していても、全体として自然法則を利用していないと判断される場合には、発明該当性を満たさない。
検討
米国特許審査における上記観点では、発明が「抽象的」であるかどうかが争われ、日本のように「自然法則の利用」といった表現はないが、結局のところ、発明が解決しようとする課題(特に技術的課題)に対する具体的構成、或いは、発明の効果を奏するための具体的構成が明らかであるかどうかに着目する点では、我が国の審査基準と軌を一にするものと考える。上記CAFC判決でも、「ユーザーが選択した重量に対応する複数の入れ子構造のプレートを、電動モーターで作動するプレート選択機構によって係合させる「選択可能」ダンベル」といった具体的構成に着目して、全体として十分な具体性と構造を備えている、として特許適格性を認めているからである。
但し、日本では、自然法則の「利用」の有無という基準が重視されており、 技術的作用に結びついていれば発明成立要件を具備すると判断されるのに対して、米国では司法例外3(自然法則・自然現象・抽象的アイデア)に「向けられている」か否かを判断する結果、 ソフトウェア関連発明では抽象的アイデアとされやすい傾向がある点で相違する4。この点、上記判決は「機械的発明」のみを対象としたもののようであり、米国実務においては、依然として、特にソフトウェアやAI関連発明において「抽象的アイデア」との境界が問題となるケースが多いが、少なくとも機械系や物理的特徴を伴う発明では、構造的要素を十分に開示・クレームすることでSMEを満たしやすいといえる。
結局のところ、日米いずれの制度においても「発明の構成要素を部分的に切り取って抽象化するのではなく、請求項を全体として評価すること」が核心にあるといえる。国際的な特許実務においても、この「全体で捉える視点」が今後ますます重要になるであろう。
- 米国CAFC判決 PowerBlock v. iFit 2025年8月11日
https://www.cafc.uscourts.gov/opinions-orders/24-1177.OPINION.8-11-2025_2556557.pdf
注)本件は、特許権侵害訴訟において被告iFitが§101に基づく特許不適格を理由に特許無効を主張し、原審がこれを認めたのに対し、CAFCがこれを覆した事案である。 ↩︎ - 特許実用新案審査基準(特許庁ウェブサイト)https://www.jpo.go.jp/system/laws/rule/guideline/patent/tukujitu_kijun/document/index/03_0100.pdf ↩︎
- 我が国で言うところの「不特許事由」 ↩︎
- ちなみに、我が国の特許審査においては、ソフトウェア関連発明においても、一部の発明特定事項に自然法則の利用を含まない部分があっても全体として自然法則の利用をしていると判断されるものは、「産業上利用することができる発明」に該当するものと扱われている。詳細は「第III部 第1章 2.2 コンピュータソフトウエアを利用するものの審査に当たっての留意事項」等が参考になる。実務でも、日本で特許されても米国審査では35 U.S.C. §101(発明成立要件)で苦労するケースは少なくない。
↩︎