「日本国指定除外」か「自己指定」か

国際出願(PCT出願)の願書を作成する際に日本国の指定を除外するチェックボックスにチェックするべきか否か、判断に迷っておられる方も多いのではないか。現在は分からないが私が弁理士になる前に受講したPCTに関する研修会では日本国の指定除外を忘れないように注意されていたので、指定除外が”正解”と信じている人はかなり多いと思う。優先件主張を伴うケース1でもし指定除外にチェックしなければ、出願日から経済産業省令で定める期間を経過した時2に日本出願が取り下げられたものとみなされる(取下擬制)ため、出願人にとっての不利益につながるからというのがその理由であった。

当事務所では、2002年の開業当初から、特に明確な指針や強い希望がない場合は、日本国をPCT国際出願の出願国の1つに含める全指定を推奨している。

仮想事例として、基礎出願である日本出願の日が2024年1月10日、国際出願日が2025年1月10日とする。さらに、PCT出願の際に、基礎出願後に取得した詳細な実験データを含めた実施例とそれに伴う請求項を追加して優先権主張をしていたとする。PCT出願では、例えば、米国・中国・欧州特許庁・インド・インドネシア・タイ・ベトナム・マレーシア・カナダ・オーストラリア・ブラジルに移行する予定であるとする。欧州特許出願はその後、例えば英国・ドイツ・スイス・イタリア・オーストリア・スウェーデン・オランダ・トルコを指定する予定があるとする。また、PCT出願と同日に台湾出願もしていたとする3

出願日は出願審査請求の期限や特許権の終期の起算日となる重要な日である。例えば、上記の仮想事例では、日本国の指定除外した場合、日本国における特許出願日は2024年1月10日、他のすべての国における出願日(各国の国内出願とみなされる日)は、2025年1月10日となる。

日本国を指定国に含める「全指定」の場合、我が国特許庁に国内移行手続(いわゆる「自己指定」)が必要となるものの、すべての国で出願日が「国際出願日」(PCT出願の日)と一致するため、期限管理のミスも起こりにくい。

例えば、日本における特許審査請求の請求期限は、優先権主張の有無にかかわらず日本出願日から3年4である。日本国を指定除外した場合、日本国の出願審査請求期限は2027年1月10日、指定除外しなかった場合は国際出願日が国内出願日とみなされる日であるから特許審査請求の請求期限は2028年1月10日であり、1年間の差が生じる。出願審査請求期限は出願審査を開始するまでの猶予期間であるから、一般論としては期限が遅い方が出願人にとっての自由度(=メリット)が大きい。

また、特許権の保護期間はTRIPS協定により出願日から最低20年間と定められている5。我が国では特許権の存続期間は特許出願の日から20年間であるから、2044年1月10日、他の国では、2045年1月10日(またはそれ以降)になり、こちらも1年間の差が生じる。例えば、特許権成立後に実施許諾料(ライセンス料)を存続期間満了まで毎年受け取る契約をしていた場合、我が国の特許権だけ存続期間が1年早く終わることは1年分のライセンス料を受け取れないことになる。

日本国を指定国に含めた場合、上記の通り「自己指定」が必要となり、その際に14,000円の印紙代が必要であるが、代わりに出願審査請求料が割引き6される。たとえば、請求項数20項の場合、通常料金で138,000+(20×4,000)=218,000円のところ、83,000+(20×2,400)=131,000円となるから、差額は87,000円、約4割引きである7。年間10件PCT出願をする企業であれば87万円、10年間で870万円もの経費削減である。

さらに、上記の事例についていえば、出願内容は基礎出願とPCT出願で異なっている同一の権利内容で出願するためには、日本国については別途、優先期限までに「国内優先権主張出願」を行う必要が生じる(PCT出願の国内書面提出に必要な費用と同額であるものの出願費用14,000円が国際調査報告を受け取る前のこの時点で発生してしまうというデメリット8もある)。期間については国内優先権主張出願をしていれば、出願審査請求期限については国内優先権主張出願日から3年、権利の存続期間も最大1年間伸びることになる。但し、国内優先件主張出願については出願審査請求費用に関する軽減のメリットが受けられない点は変わらない。

さらに、基礎出願への加筆修正の有無によって自己指定するか否かを変更することは、それによって出願審査請求期限の起算日等が変わることを意味する。これは、期限管理負担を増大させる原因となる。

我が国の国内移行期限は優先日(=基礎出願の日)から30ヶ月あり、我が国での権利化が通常はもっとも重要であることを考えると、制度の認識不足による無作為を除けば、我が国への国内移行を失念することは考えられない9

もちろん、代理人として依頼者の意向の沿った形で手続することは当然であり、例えば「追加事項なしであるからJP指定除外」、或いは「追加事項があるので国内優先件主張出願+JP指定除外PCT出願」、といった指示であればそれに沿って手続することはいうまでもない。

産業財産権関係料金一覧
 https://www.jpo.go.jp/system/process/tesuryo/kaisei/shinsaseikyu_kaisei.html

平成31年(2019年)4月1日以降の出願
※1は平成31年(2019年)4月1日以降の国際出願日を有する出願

項目金額
出願審査請求138,000円+(請求項の数×4,000円)
特許庁が国際調査報告を作成した国際特許出願※183,000円+(請求項の数×2,400円)
特許庁以外が国際調査報告を作成した国際特許出願※1124,000円+(請求項の数×3,600円)
特定登録調査機関が交付した調査報告書を提示した場合110,000円+(請求項の数×3,200円)
誤訳訂正書による明細書、特許請求の範囲又は図面の補正19,000円

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  1. PCT出願で優先権主張を伴わないケースは優先期限を越えてかつ公開前に出願するケースか「いきなりPCT出願」するケースかのいずれかに限られる。 ↩︎
  2. 当時は1年3月後だったが現在は1年4ヶ月後である。 ↩︎
  3. 台湾はPCT出願で指定できないため、別途パリ優先権を主張した直接出願が必要である。 ↩︎
  4. ちなみに中国では優先日が基準日となるので日本とは事情が異なる。 ↩︎
  5. TRIPS協定第33条
    保護期間は,出願日から計算して20年の期間が経過する前に終了してはならない。(注)
    (注)
    特許を独自に付与する制度を有していない加盟国については,保護期間を当該制度における出願日から起算することを定めることができるものと了解する。 ↩︎
  6. 特許庁が国際調査報告を作成した国際特許出願であることが条件である。 ↩︎
  7. さらに、中小企業、スタートアップ企業等、要件を満たせばさらなる軽減を受けることもできる。 ↩︎
  8. 国際調査報告を受け取ったあと、国内移行期限(基礎出願日から30月)までに国内移行するか否かを判断できるのがPCT出願のメリットの1つだからである ↩︎
  9. 過去に当事務所で遭遇した事案では、基礎出願が補助金を受けてされたものであり、自己指定すると基礎出願がみなし取下となるため、我が国への国内移行後の出願は出願番号も異なるものとなり、出願審査請求費用等の補助が受けられなくなるから、「JP指定除外」を選択せざるを得ないという話もあった。 ↩︎