国際調査報告を受け取ったら
国際特許出願(PCT出願)において、国際調査報告(ISR)とそれに付随する国際調査見解書(WO/ISA)は、出願人にとって非常に重要な情報源である。これらは、出願時点での請求の範囲(クレーム)に対する国際調査機関の初期評価を示すものであり、今後の出願戦略に直接的な影響を及ぼす。
国際調査報告(ISR)受領後にまず確認すべきこと
ISRには、先行技術文献のリストと、それに基づく特許性(新規性・進歩性)に関する評価が示されている。記載される記号(A、X、Yなど)や、添付される国際調査見解書における見解の論理構成に拘束力はないが、各国での審査においてどのような障害が想定されるかを示唆する。
したがって、まずすべきことは、クレームごとに引用文献との対比を精査し、特許性に対する評価を把握することである。
対応の選択肢:国内移行か、19条補正か、予備審査請求+34条補正か、それ以外か
国際調査報告(ISR)を受けた後の主な対応は以下のとおりである。
① 国内移行
国際調査報告の評価が好意的であれば、補正等をせずにそのまま国内段階(日本、米国、欧州等)への移行手続を進める選択肢が有効とされている。この場合、PPH(特許審査ハイウェイ)を活用することで、国内審査の迅速化が可能となるという利点もある。
当事務所が国際出願時から代理人となるケース1では、日本出願の早期権利化をお勧めしている。その理由は、国際調査報告の評価がいかなるものであっても、出願人が我が国の企業等である場合は、多くの場合、我が国で権利化に成功するか否かの見極めが最も重要と考えられるからである2。また、出願審査における実務的な理由もある3。
自己指定であれば国内書面を特許庁に提出して我が国に国内移行すると共に出願審査請求書を特許庁に提出する。日本国指定除外であれば基礎出願について出願審査請求書を特許庁に提出する。さらに、PPHは使わず、出願審査請求と同時、又は出願審査請求後すみやかに、早期審査事情説明書を提出する4ことをお勧めする。国際調査報告の結果を踏まえて、必要に応じて5手続補正(自発補正)を検討してもよい。早期審査事情説明書では、必要に応じて請求項に記載した発明が特許されるべき理由を説明する。
これにより、出願審査請求後、1-3ヶ月程度、遅くとも半年以内に拒絶理由通知を受けるか又は特許査定謄本を受理する。当事務所で扱ったケースでは、仮に拒絶理由通知に応答したとしても、各国が定める国内移行期限6よりも前に特許査定を受けられることが多い。そして、この特許査定の謄本送達をもって、我が国で特許された請求項が確定する。国際調査報告受領後、速やかに我が国への国内移行手続を行えば、この時点で、国内移行期限まで十分な時間的余裕が残されている。よって、各国での優先順位に従って日本国以外の国に国内移行手続の準備を始めればよい7。
我が国で特許査定された後であれば、諸外国での手続についてはPPH(Patent Prosecution Highway)を利用するのも一案である8。PPHの手続には我が国で特許査定されたクレーム対比表を作成するなど、若干の手間が生じるが、いずれにせよ現地代理人とコミュニケーションをとりつつ早期権利化のための手段を講じながら着実に権利化を進めれば、通常よりも権利化までにかかるコストと時間の節約につながる。
② 請求の範囲のみに対する国際段階での補正(19条補正)
国際調査報告の評価が否定的な場合には、特許協力条約第19条に基づく補正(通称、「19条補正」)、すなわち国際段階で行う補正であってかつ請求の範囲(クレーム)のみに対する補正を検討することが好ましいと説明されている。
当事務所が国際出願時から代理人となるケースでは、我が国で早期に特許査定を得る方が、実質的に19条補正と同等以上の効果が得られるうえに時間とコストの節約にもなるとの考え7から、特に強い希望がない限り19条補正を積極的にはお勧めしていない。しかし、国際調査報告の結果が、一部の請求項についてのみ肯定的見解であり、かつ、他の否定的見解がなされた請求項をすべて削除してもよい場合であって、かつ、移行予定の国数が非常に多い場合や、明細書又は図面の記載事項に基づき、確実に特許性が認められる補正事項を加えて権利化を目指す場合等、一定の場合には19条補正を行うことを検討してもよい。日本国指定除外であれば国内出願については別途手続補正書を提出する必要があるかもしれない。
19条補正の効果は各国移行時に移行国すべてに及ぶため、国際段階で補正しておけば、各国ごとに補正しなくてもよいからである。なお、19条補正の提出可能時期は、国際調査報告の送付の日から2カ月又は優先日9から16カ月のうちいずれか遅く満了する期間までである。
③ 国際予備審査請求と条約34条補正
国際段階での補正はもう1つあり、請求の範囲だけでなく、明細書や図面についても補正が認められる特許協力条約第34条に基づく補正(通称、「34条補正」)がある。一般的には、国際調査報告の評価が否定的な場合、より実質的な対応として国際予備審査請求を行うことも選択肢であるとされる。国際予備審査請求は通常34条補正を伴って請求され、意見書によって国際調査見解書に記載された見解に対する反論も記載することができる。さらに、審査官に対する連絡権を有する。実質的には、審査官と非公式(電話やメール等)による連絡を取り合い、肯定的な評価を伴う国際予備審査報告の作成を目指すことが可能となる。なお、国際予備審査報告はPCT第2章の規定を留保している国や国際予備審査報告の結果を適用しない国(選択国でない国)には適用されない。
当事務所では、肯定的な見解を伴う国際予備審査報告よりも、我が国で早期に特許査定を得る方が、実質的に同等以上の効果が得られるうえに時間とコストの節約にもなるとの考え10から、特に強い希望がない限り国際予備審査請求を積極的にはお勧めしていない。しかし、例えば国内移行のために必要な費用の一部または全部について補助金を受けるために特許性に関する公的かつ肯定的な見解書が必要という理由で、肯定的な評価を伴う国際予備審査報告の取得を希望されるケースが一定程度あるようである。
④その他の手続
実際の実務では極めて稀であるが、個別の事情により、手続としては、優先権主張の取下げ(指定国や選択国への移行期間の確保)、放置=権利化の断念(移行中止)、国際出願の取り下げ(国際公開を回避)などもあるかもしれない。
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- 一部の例外を除き、依頼者である出願人は、日本国内に住所を有する企業、大学、個人等である。 ↩︎
- 当事務所では国際出願時に全指定で(=日本国を指定国に含めて)出願することを推奨しているが、国際出願時に全指定で出願していない場合でも、同様の理由により基礎出願とした国内出願の早期権利化を目指す途が奏功すると考えている。 ↩︎
- 日本の審査は世界一早いと共に、日本の審査官とであれば現地代理人を介する必要もなくコミュニケーションを良好にとることができ、しかも、弁理士であれば通常は審査基準なども熟知しており、拒絶理由通知に対して迅速かつ適切な対応を取ることができる点で、早期権利化のために最適な行動を取ることができるからである。
逆に、日本よりも外国での審査が先行すると、現地代理人を通じたコミュニケーションが必要となり、法律も審査実務も異なる。しかも、パテントファミリーのなか外国特許庁に提出した最初のクレーム補正ともなれば、他のパテントファミリーに及ぼす影響が甚大となることもあるからである。仮にその補正事項が不本意なものであったとすればその悪影響は計り知れない。 ↩︎ - 基本的には「外国関連出願」で早期審査対象出願となるが、さらなる適用条件を具備すれば、「スーパー早期審査」を受けられるケースもある。 ↩︎
- 、全クレームで国際調査報告の評価が否定的な場合等は自発補正が必要となる典型例である。しかしながら、逆に全クレームで国際調査報告の評価が肯定的な場合は、さらに広い権利範囲での権利化を目指すために権利範囲を広げるような自発補正をするといったいわゆる”逆のケース”も当事務所では珍しくない。 ↩︎
- 「基礎出願の日又は国際出願日のはやい方から30ヶ月又は31ヶ月」である。国により、国内移行後に自発補正期間が別途設けられる国等もある。 ↩︎
- これにより、外国出願に伴う費用の発生時期を少しでも遅らせたり時期を分散化することにもつながる。 ↩︎
- 但し、国や技術分野、出願内容によるため一概にはいえないが、実務的にはPPHが奏功するケースとそうでないケースがあるので国内代理人を通じて現地代理人の意見も参考にすることが推奨される。 ↩︎
- 国際出願が優先権主張を伴う場合には基礎となる国内出願ののうち最先の日、国際出願が優先権主張を伴わない場合には国際出願日である(PCT条約第2条(xi)(a)-(c))。 ↩︎
- 当事務所で扱ったケースの1つでは、国際調査報告がすべての請求項について否定的評価(X又はY)であったが、その内容には同意できなかったため、我が国に国内移行すると共に早期審査事情説明書を提出し、国際調査報告の結論や国際調査見解書の認定の誤りについて反論した結果、手続補正なしで拒絶理由通知も来ることなくわずか早期審査事情説明書提出日から2ヶ月後に特許査定となったものもある。このため、国際調査報告の評価が否定的であっても、その内容に同意できなければ補正する必要は無く、認定や判断の誤りを指摘する意見を表明しながら手続を進めることが肝要である。 ↩︎