インドネシア特許法における「実施義務」―未実施特許のリスクと対応ーについて
海外に特許を出願・取得する際、その国特有の制度が思わぬリスクをもたらすことがある。今回は、インドネシアにおける「未実施特許」に関する制度とその対応策について解説する。
インドネシア特許法の実施義務とは?
インドネシア特許法第20条により、特許権者は、特許付与日から36か月以内にインドネシア国内で発明を実施しなければならないとされている。この「実施」とは、製造、使用、販売、輸入など、現地での何らかの商業的利用を指す。特許法は一定の特許要件を具備する発明について一定期間独占排他権を付与することにより、発明を奨励し、産業の発達に寄与することを目的とする。このため、特許発明(特許を受けている発明、特許法2条1項)が実際に実施されることが特許法の目的に則したものとなる。しかしながら、特許権は排他的権利であるため、特許権者や実施権者によって特許発明が実際されない状態が続くと、第三者の実施が制限され、弊害のほうが大きくなる。この点、我が国の特許法第83条は、特許発明が正当な理由なく実施されていない場合、第三者が通常実施権の設定を請求できる旨規定しているが、実際に発動されたことはなく1、また不実施自体が取消理由や無効理由となる訳でもないため、強い実効性があるとはいえない。
一方で、インドネシアの特許制度はより実効性があり、実際に特許の取消や強制実施権の付与が行われるリスクがある点に留意すべきである。
実施しないとどうなる?
未実施状態が続いた場合、次のようなリスクがある:
- 第三者による強制実施権の請求
- 検察官の発議による特許の取消
実施報告書の提出義務
現時点で、インドネシア特許庁に対する実施報告書の提出義務はないが、2016年8月26日以後に付与された特許については、特許付与の日から3年以内に特許実施延期申請を提出する必要がある。また、第三者による異議や取消請求がなされた際には、「実施されていることを証明する責任」は特許権者側が負担しなければならない。そのため、製造実績やライセンス契約、輸出入記録などを事前に整備・保管しておくことが重要といえる。
未実施でも年金納付で維持できるが…
戦略的な観点から、「将来の現地生産を見据えて特許を取得し、当面は未実施のまま保持しておく」こと自体は、正当な権利行使である。そして、特許維持年金を納付している限り特許は維持される。
しかし、インドネシアではこのような「未実施」の状態が長期にわたると、第三者からの攻撃を受けやすくなるため、実施の見込みや合理的理由を常に説明できる体制を整えておくことが望ましい。
- 実際には伝家の宝刀と呼ばれ、実際に発動されたことは報告されていないものの、この規定があるからこそライセンス交渉が進むとも考えられる。 ↩︎