「確定日付」から考える電子データの存在時点の証拠化(1)
契約書、覚書、発明資料などの紙の文書について、「その文書がいつ存在していたのか」を証拠として残したい場合、公証役場で確定日付を取得する方法がよく知られている。
確定日付が付与されると、当該文書が少なくとも確定日付の付与日に存在していたことを、公証制度上の確定日付によって証明できる。
ただし、確定日付は、文書に記載された内容が真実であることや、記載された作成日が正しいことまで証明するものではない。あくまでも、その文書が確定日付を付与された日に存在していたことを証明する制度である。[1]
それでは、紙ではなく、パソコン内に保存されている電子データについては、どのようにその存在時点を裏付ければよいのであろうか。
ファイルの作成日時や更新日時として表示されるOS上の情報は、利用者が変更できる場合がある。そのため、OS上の日時情報だけでは、電子データの存在時点を十分に説明できるとは限らない。
そこで重要になるのが、「ハッシュ値」と「第三者の時刻情報」である。
ハッシュ値とは何か
ハッシュ値とは、電子データから一定の計算方法によって生成される識別値である。「電子データの指紋」に例えられることもある。
同一のバイト列からは同一のハッシュ値が生成される。一方、ファイルの内容が1文字、あるいは1ビットでも変われば、通常、生成されるハッシュ値はまったく異なるものになる。
現在広く使用されている方式の一つがSHA-256である。SHA-256には、異なるデータが同じ値となる可能性が理論上存在する。しかし、既存の特定ファイルと同じSHA-256値を持つ別のファイルを意図的に作成することは、現在の実務上、極めて困難である。[2]
したがって、保存時に適切に記録・固定されたSHA-256値と、後日対象ファイルから再計算した値が一致すれば、両ファイルが同一のバイト列から成ることを強く裏付けることができる。
ハッシュ値は、文書の見た目や意味内容ではなく、ファイルを構成するバイト列から計算される。このため、文字コード、改行コード、内部メタデータ、PDFの再保存又はZIPファイルの再作成等によってバイト列が変われば、表示内容がほぼ同じであってもハッシュ値は変わる。
また、一般的なファイルハッシュの計算対象はファイル内部のデータである。ファイル名、保存場所、拡張子、OS上の作成日時・更新日時などは、通常、ハッシュ値には含まれない。
ハッシュ値だけでは日時を証明できない
ハッシュ値は、いつ計算しても、同一のデータから同一の値が生成される。ハッシュ値そのものには、計算日時やファイルの作成日時は含まれていない。
したがって、ハッシュ値を自分で計算して記録しただけでは、そのファイルとハッシュ値がいつ存在していたのかを証明できない。後日になって、ファイルとハッシュ値の両方を作成した可能性を排除できないからである。
電子データの存在時点を裏付けるためには、ハッシュ値又はそのハッシュ値を記載した文書を、信頼できる第三者が記録した時刻情報等と結び付ける必要がある。
紙の文書については、
文書+公証人の確定日付
によって存在時点を証明する。
これに対して、電子データについては、
電子データのハッシュ値+第三者の時刻情報等
によって、データの同一性と存在時点を結び付けるという考え方になる。
タイムスタンプ、電子署名及び監査記録の違い
タイムスタンプ、電子署名及び監査記録は、それぞれ役割が異なる。
- タイムスタンプ:電子データ又はそのハッシュ値と時刻情報を結び付ける仕組み
- 電子署名:署名者又は作成名義人との関係や、署名後の変更を確認するための仕組み
- 監査記録:サービス上で、誰が、いつ、どのような処理をしたかを記録したもの
一定の要件を満たす電子署名が行われた電子文書には、電子署名法上、真正に成立したものと推定される場合がある。ただし、すべての電子署名サービスに当然に同じ効力が認められるわけではない。[3]
また、一般的な電子署名サービスの監査記録は、認定タイムスタンプと同一ではない。その説明力は、本人確認方法、時刻源、ログの改ざん防止、保存期間及び後日の出力・検証可能性等によって異なる。
電子データの存在時点を裏付ける3つの方法
電子データの同一性と存在時点を結び付ける方法は、概ね次の3つに分類される。
- 公証人による電子確定日付
- 認定タイムスタンプ等を利用する民間サービス
- ハッシュ一覧とクラウド型電子署名サービスの監査記録を組み合わせる補助的方法
1.公証人による電子確定日付
最も法定制度としての位置付けが明確な方法は、公証人による電子確定日付である。
電子確定日付では、PDF、XML又はTXT形式の電磁的記録に公証人が日付情報を付与する。これにより、その電磁的記録が少なくとも日付情報の付与日に存在していたことを証明できる。
後日保有するデータが日付情報を付与されたデータと同一であるかについては、電子公文書の検証や、保存を請求している場合の情報の同一性に関する証明等によって確認できる。
手数料は、2026年7月19日現在、1件700円である。さらに300円で保存を請求すれば、電子確定日付に関するデータが50年間保存される。[4]
ただし、証明されるのは対象となった電磁的記録の存在時点であり、記載内容の真実性、実際の作成日又は作成者まで証明するものではない。
2.認定タイムスタンプ等を利用する民間サービス
民間会社も、「タイムスタンプサービス」「電子証拠保全サービス」「電子公証サービス」などの名称で、電子データの存在時点と同一性を裏付けるサービスを提供している。
代表的な方式では、対象データのハッシュ値を時刻認証事業者へ送信し、そのハッシュ値と時刻情報を結び付けたタイムスタンプトークンを取得する。
日本では、総務大臣の認定を受けた時刻認証業務が発行するタイムスタンプを「認定タイムスタンプ」という。認定タイムスタンプは、電子データがある時点に存在していたこと及びその時点から改ざんされていないことを検証するための仕組みである。[5]
名称に「電子公証」とあっても、民間会社の商品名又はサービス名称である場合があり、公証人による電子公証制度とは別物である。信頼性は、認定タイムスタンプの利用、保存期間、長期検証への対応及びサービス終了後の検証方法等によって異なる。
大量の研究資料や設計データを継続的に証拠化する場合には、自動化や大量処理に対応した民間サービスが適することがある。
3.ハッシュ一覧と電子署名サービスの監査記録を組み合わせる方法
より導入しやすい補助的方法として、次のような手順が考えられる。
- 保存対象ファイルのSHA-256値を計算する
- ファイル名、ハッシュ値、ファイルサイズ等を一覧化する
- 一覧をPDFに変換する
- クラウド型電子署名サービスを利用して署名又は承認処理を行う
- 署名済みPDF、完了証明書その他の監査記録及び原本ファイルを一体として保存する
後日、対象ファイルからSHA-256値を再計算し、署名済み一覧に記載された値と照合する。値が一致すれば、現在の対象ファイルが、署名時にハッシュ一覧へ記録されたSHA-256値に対応するバイト列から成ることを強く裏付けることができる。
ただし、電子署名サービスに直接記録されるのは、原則としてハッシュ一覧又は署名対象PDFである。対象ファイル自体がサービスへ送信されたこと、署名者が署名時点で当該ファイルを保有していたこと、当該ファイルを作成したこと又は記載内容が真実であることまで直接証明するものではない。
電子署名サービスの監査記録は、ハッシュ一覧が一定の時点でサービスへ送信され、署名又は承認処理が行われたことを示す補助資料となり得る。しかし、認定タイムスタンプとは異なるため、両者を同等の時刻証明として扱うべきではない。
それでも、単にファイルを保存し、変更可能なOS上の日時情報だけに依存する場合より、対象ファイルの同一性と保存時点に関する説明力を高めることができる。
4.3つの方法の比較
| 方法 | 適する場面 | 主な特徴・限界 |
|---|---|---|
| 公証人による電子確定日付 | 法定制度としての説明のしやすさを重視する場合 | 公証人が日付情報を付与する。内容の真実性や作成者までは証明しない |
| 認定タイムスタンプ等を利用する民間サービス | 大量・継続処理や標準的な時刻検証を重視する場合 | 自動化に適する。サービス、保存及び長期検証の内容を確認する必要がある |
| ハッシュ一覧+電子署名サービスの監査記録 | 導入の容易さを重視し、時刻的な補助資料を追加する場合 | 認定タイムスタンプとは異なり、直接記録される対象は原則としてハッシュ一覧である |
三つの方法に一律の優劣があるわけではない。法定制度としての位置付け、大量処理の必要性、時刻検証の方法、長期保存、費用及び導入負担等を踏まえて選択する必要がある。
また、実際の裁判上の証明力は、対象資料、作成経緯、保存方法、監査記録、関連証拠との整合性及び反証の有無など、個別具体的な事情を踏まえて評価される。
利用上の注意
これらの方法は、発明資料や事業資料の存在時点及び同一性を裏付けるための手段であるが、それだけで先使用権の成立要件を満たすことを証明するものではない。また、営業秘密の秘密管理性、有用性及び非公知性を当然に証明するものでもない。個別案件では、資料の作成経緯、事業又はその準備、資料間の関連性及び秘密管理措置等を含めて検討する必要がある。[6]
クラウドサービスを利用する場合は、原本ファイル又はハッシュ一覧のいずれがサービス事業者へ送信されるかを確認する必要がある。ハッシュ一覧だけを送信する場合でも、ファイル名、案件名、発明名称又は顧客名等が秘密情報を含むことがある。
必要に応じてファイル名等を識別番号へ置き換えるとともに、利用規約、データ保存地域、再委託、アクセス管理、保存期間、削除方法及びサービス終了後の記録取得方法等を確認すべきである。[7]
まとめ
電子データの証拠保全においては、ハッシュ値等によるデータの同一性と、第三者の時刻情報等による存在時点の記録が重要な構成要素となる。
これに加えて、作成者、作成経緯、保管場所、アクセス履歴及び関連資料とのつながりを保存することが、後日の説明力を高める。
いずれの方法も、記載内容の真実性や正確な作成日時まで当然に証明するものではない。それでも、ハッシュ値や第三者の時刻記録を残さず、ファイルをそのまま保存する場合と比較すれば、証拠としての説明力を高めることができる。
本稿は一般的な情報提供を目的とし、個別案件における先使用権の成立、営業秘密該当性又は裁判上の証明力を保証するものではない。制度、料金及びサービス仕様は、利用時に最新情報を確認されたい。本稿の制度・料金に関する記載は、2026年7月19日時点の情報に基づく。
脚注
- 日本公証人連合会「確定日付・電子確定日付」 ↩
- NIST「FIPS 180-4, Secure Hash Standard」 ↩
- デジタル庁「電子署名」 ↩
- 日本公証人連合会「電子公証(電磁的記録の認証及び電子確定日付)」 ↩
- 日本データ通信協会「認定タイムスタンプを利用する事業者に関する登録制度」 ↩
- 特許庁「先使用権制度の円滑な活用に向けて―戦略的なノウハウ管理のために―(第2版)」 ↩
- 個人情報保護委員会「クラウドサービス提供事業者が個人情報保護法上の個人情報取扱事業者に該当する場合の留意点に関する注意喚起について」 ↩
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