薬の投与方法は特許になるか~カナダ最高裁判決と日米の特許実務
2026年7月17日、カナダ最高裁判所は、統合失調症等の治療に用いるパリペリドン・パルミテートの具体的な投与レジメンを含むクレームについて、特許対象外の医療方法には当たらないと判断した。
Pharmascience Inc. v. Janssen Inc., 2026 SCC 26である。[1]
カナダでは、医療専門家の専門的技能・判断を独占するmethods of medical treatmentは、特許対象外とされてきた。本件では、特定の投与量、投与時期及び投与部位を定めたクレームが、この医療方法除外に該当するかが争われた。
最高裁は上告を費用なしで棄却した。したがって、医療方法除外を理由とする無効主張は退けられ、下級審の結論が維持された。ただし、最高裁が特許のすべての有効要件を改めて審理したわけではない。
1.問題となった発明
対象となったカナダ特許第2,655,335号は、長時間作用型のパリペリドン・パルミテート製剤、その剤形及び投与システム等に関するものである。[2]
同特許には、プレフィルドシリンジに関するクレームのほか、特定の投与レジメンに従った剤形の使用に関するクレームが含まれている。
代表的な使用クレームであるクレーム17は、おおむね次の内容である。
クレーム17の日本語仮訳
統合失調症、統合失調感情障害又は統合失調症様障害について治療を必要とする精神科患者を治療するために筋肉内注射により投与される、パリペリドンをパリペリドン・パルミテートとして含み、水性ナノ粒子懸濁液のデポ製剤として製剤化された剤形の使用であって、当該剤形が、
1.治療第1日に当該患者の三角筋内に投与される、約150 mg-eq.(パリペリドン換算)の第1負荷用量、
2.第1負荷用量の投与から1週間(±2日)後に当該患者の三角筋内に投与される、約100 mg-eq.(パリペリドン換算)の第2負荷用量、及び
3.第2負荷用量の投与後、1か月(±7日)の投与間隔による継続スケジュールに従って当該患者の三角筋又は臀筋内に投与される、約75 mg-eq.(パリペリドン換算)の維持用量
を含む、剤形の使用。
※上記は判決及び特許公報を理解するための仮訳であり、正式な翻訳又は日本におけるクレーム例ではない。
“mg-eq.”はパリペリドン換算量を意味し、パリペリドン・パルミテート自体の質量とは異なる。特許明細書では、100 mg-eq.が約156 mgのパリペリドン・パルミテートに相当すると説明されている。[2]
このクレームは、単に「パリペリドンを統合失調症の治療に使用する」というものではない。第1及び第2負荷用量、維持用量、投与間隔並びに投与部位まで定めている。
2.カナダ最高裁の判断
連邦裁判所は、対象特許が自明性又は特許対象性の欠如を理由として無効ではないと判断した。[3] 連邦控訴裁判所も上訴を棄却した。[4] 最高裁で残った中心的争点は、対象クレームが特許対象外のmethods of medical treatmentに当たるかであった。
7名の多数意見は、医療方法除外を維持した。多数意見によれば、中心的な問いは、目的論的に解釈されたクレームの対象が、医療専門家のprofessional skill and judgment、すなわち専門的技能・判断を独占し、医療行為の領域を囲い込むものかである。
多数意見は、判断に当たって参考となる非網羅的な観察を示した。
第1に、その治療を患者に採用するか否かについて医師の判断が必要であることと、採用した後にクレームされた発明を実施する際に専門的技能・判断が必要であることとは区別される。
医師は、患者に本剤を処方するか、治療を継続するか、副作用に対応するかなどを判断する。しかし、そのような通常の医学的判断が必要であるというだけで、クレームされた投与レジメンが直ちに特許対象外になるわけではない。
第2に、患者ごとの医学的調整の程度が考慮される。患者ごとの調整を多く要するほど、professional skill and judgmentに属すると評価される方向に働き得る。他方、患者別の医学的調整を要せず、あらかじめ定められたレジメンを適用できることは、医療方法除外に当たらないとの判断に傾き得る。
第3に、医療専門家が通常の専門実務の過程で開発又は改良することが期待される対象であるほど、professional skill and judgmentに属する可能性が高まる。
これらは明確な線引きではなく、事案ごとの判断を置き換えるものでもない。
本件では、投与レジメンを患者に採用した後、そのレジメンをクレームどおり実施すること自体には、医師の専門的技能・判断を要しないと判断された。最高裁は、腎機能に応じたレジメンの選択が客観的かつ二者択一的であること、投与時期の許容幅及び三角筋・臀筋の選択に臨床的影響がないとの連邦裁判所の認定等を踏まえ、その判断に審査可能な誤りはないとした。
最高裁は、固定用量であれば常に特許対象となり、可変用量であれば常に特許対象外になるという二分法も採用しなかった。固定か可変かは、場合によって有用な証拠上の目安となり得るものの、決定的ではないとした。
重要なのは、単なるクレーム形式ではなく、目的論的に解釈されたクレームの実質が、医療専門家の専門的技能・判断を独占するものかである。
なお、O’Bonsawin判事及びMoreau判事は上告棄却の結論には同意したが、医療方法除外そのものを廃止し、utilityの枠内でoperability、reproducibility及びcontrol等を検討すべきであるとの別のアプローチを示した。これは7名の多数意見の判示ではない。
3.日本法ではどのように扱われるか
日本では、人間を手術、治療又は診断する方法は、原則として、特許法第29条第1項柱書の「産業上利用することができる発明」には該当しないとされている。[7][8]
本件の技術内容を人間の治療方法として直訳的に表現すると、概念上、例えば次のようになる。
統合失調症患者を治療する方法であって、
治療第1日にパリペリドン・パルミテート約150 mg-eq.を患者の三角筋内に投与し、
その1週間(±2日)後に約100 mg-eq.を患者の三角筋内に投与し、
その後1か月(±7日)ごとに約75 mg-eq.を患者の三角筋又は臀筋内に投与することを含む、治療方法。
日本では、このように請求項に係る発明が人間を治療する方法として把握される場合、原則として産業上の利用可能性を欠くと扱われる。
これは、単に「治療方法」という語を使用したことだけが問題となるのではない。請求項全体を解釈した結果、その発明が人間を治療する方法に該当することが問題となる。
この種の投与レジメンに関する発明は、日本では典型的には、用法又は用量によって特定された医薬という物の発明として請求する。
法的な把握方法を示すための概念的な例として、次のような記載が考えられる。
【概念的な記載例】
統合失調症、統合失調感情障害又は統合失調症様障害の治療剤であって、
パリペリドン・パルミテートを含有し、
治療第1日に約150 mg-eq.を三角筋内に、
1週間(±2日)後に約100 mg-eq.を三角筋内に、
その後1か月(±7日)ごとに約75 mg-eq.を三角筋又は臀筋内に筋肉内投与されるように用いられる、治療剤。
この例は、医師が患者に薬剤を投与する行為そのものではなく、特定の用法又は用量に用いられる医薬を物の発明として把握する考え方を示したものにすぎない。この文言で登録されることを示すものではない。実際のクレームドラフティングは、明細書の記載、先行技術、サポート要件、明確性及び実施可能要件等に左右される。
JPO審査実務では、投与時間、投与手順、投与量、投与部位等を含む用法又は用量によって特定された特定の疾病への適用も、医薬用途として評価される。[9]
ただし、これらの要素を一つ付加すれば当然に新たな医薬用途が成立し、特許が認められるわけではない。
新規性については、先行技術が請求項に係る用法又は用量を含む発明を開示しているかが問題となる。
進歩性については、先行技術との相違が当業者による通常の最適化又は好適化にとどまるか、有効性、安全性、血中濃度の安定化、服薬遵守等について、引用発明から予測し難い有利な効果が認められるかなどが総合的に検討される。[10]
4.米国との違い
米国では、人間の治療方法はカテゴリーとして一律に特許対象から除外されていない。35 U.S.C. §101は、特許対象となり得る法定カテゴリーの一つとしてprocessを挙げている。[11]
したがって、本件のような技術は、例えば、
A method of treating schizophrenia comprising administering …
という治療方法クレームとして請求し得る。
ただし、治療方法という形式を採れば当然に特許適格性が認められるわけではない。自然法則、自然現象又は抽象的アイデアという司法例外に関するMayo/Alice分析並びに新規性、非自明性及び記載要件等を満たす必要がある。
Mayo Collaborative Services v. Prometheus Laboratories, Inc.では、チオプリン薬を投与し、代謝物濃度を測定し、その濃度が用量を増減する必要性を示すとするクレームが問題となった。最高裁は、自然法則に十分な追加的構成を付加したものではないとして、特許適格性を否定した。[12]
これに対し、Vanda Pharmaceuticals Inc. v. West-Ward Pharmaceuticals Int’l Ltd.では、患者のCYP2D6遺伝子型を判定し、poor metabolizerであれば12 mg/日以下を、それ以外であれば12 mg/日超24 mg/日以下を実際に投与する治療方法クレームについて、Federal Circuit多数意見が特許適格性を認めた。[13]
Vanda多数意見がMayoとの区別において重視したのは、患者別判定という抽象的な特徴だけではない。判定結果に応じて、特定範囲の用量を実際に投与する積極的な治療工程が要求されていたことである。
もっとも、VandaはFederal Circuitの2対1のパネル判決であり、米国最高裁が治療方法一般について承認した原則ではない。最高裁は2020年にcertiorariを棄却したが、そのことはFederal Circuitの理由付けを実体的に承認したことを意味しない。[14]
2026年時点のUSPTO MPEPは、司法例外を具体的かつ特定された治療又は予防に適用する工程を、practical applicationへの統合の一類型として扱っている。ただし、単に「適切な薬剤を投与する」と記載するだけでは足りず、患者別調整それ自体が特許適格性を保証するものでもない。[15]
したがって、患者ごとの調整は、カナダでは常に不利であり、米国では常に有利であるという単純な対比はできない。
カナダでは、患者別調整がprofessional skill and judgmentを独占するかという枠組みの中で評価される。
米国では、クレーム全体が自然法則又は相関関係を述べるにとどまらず、それを具体的な治療に適用しているかという枠組みの中で評価される。
5.おわりに
本判決は、カナダにおいて医療方法一般の特許を認めたものではない。
7名の多数意見は、methods of medical treatmentは特許対象外であるとの原則を維持した。その上で、本件の投与レジメンを含むクレームは、医療専門家のprofessional skill and judgmentを独占するものではないとして、この理由による無効主張を退けた。
同じ投与レジメンに関する発明であっても、その法的な把握方法は法域によって異なる。
日本では、この種の技術は典型的には、用法又は用量によって特定された医薬という物の発明として請求される。
米国では、具体的な治療方法として請求することが可能であるが、Mayo/Aliceに基づく特許適格性の検討を要する。
カナダでは、本判決の枠組みによれば、目的論的に解釈されたクレームが、医療専門家の専門的技能・判断を独占するかが中心的に検討される。
もっとも、いずれの法域でも、適切なクレームカテゴリーを選択しただけで特許が認められるわけではない。実際のクレームドラフティング及び登録可能性は、明細書の記載、先行技術、発明の効果並びに各国の特許要件に左右される。
本判決は、同一の医薬技術であっても、医療方法除外及び特許適格性の考え方に応じて、適切なクレーム形式と主張の組み立てが異なり得ることを示す重要な判決である。
VI. 参考文献・一次資料一覧
カナダ
[1] Pharmascience Inc. v. Janssen Inc.
裁判所:Supreme Court of Canada
事件番号等:2026 SCC 26、Docket No. 41209
判決日:2026年7月17日
URL:
https://decisions.scc-csc.ca/scc-csc/scc-csc/en/item/21581/index.do
https://www.scc-csc.ca/cases-dossiers/search-recherche/41209/
Case in Brief:
https://www.scc-csc.ca/judgments-jugements/cb/2026/41209/
[2] Canadian Patent No. 2,655,335
発行主体:Canadian Intellectual Property Office
名称:Prolonged-release injectable suspensions of paliperidone palmitate, and dosage forms and delivery systems incorporating same
登録公表日:2016年9月6日
CIPOデータベース:
https://ised-isde.canada.ca/site/canadian-intellectual-property-office/en/search-intellectual-property-databases
閲覧用公報:
https://patents.google.com/patent/CA2655335C/en
[3] Janssen Inc. v. Pharmascience Inc.
裁判所:Federal Court
事件番号等:2022 FC 1218
判決日:2022年8月23日
URL:
https://decisions.fct-cf.gc.ca/fc-cf/decisions/en/item/522050/index.do
[4] Pharmascience Inc. v. Janssen Inc.
裁判所:Federal Court of Appeal
事件番号等:2024 FCA 23、Court File No. A-205-22
判決日:2024年2月1日
URL:
https://decisions.fca-caf.gc.ca/fca-caf/decisions/en/item/521342/index.do
[5] Tennessee Eastman Co. v. Commissioner of Patents
裁判所:Supreme Court of Canada
事件番号等:[1974] S.C.R. 111
判決日:1972年12月22日
URL:
https://decisions.scc-csc.ca/scc-csc/scc-csc/en/item/5172/index.do
[6] Apotex Inc. v. Wellcome Foundation Ltd.
裁判所:Supreme Court of Canada
事件番号等:2002 SCC 77、[2002] 4 S.C.R. 153、File No. 28287
判決日:2002年12月5日
URL:
https://decisions.scc-csc.ca/scc-csc/scc-csc/en/item/2020/index.do
日本
[7] 特許法(昭和34年法律第121号)第29条
発行主体:e-Gov法令検索
URL:
https://laws.e-gov.go.jp/law/334AC0000000121
[8] 特許・実用新案審査基準 第III部第1章「発明該当性及び産業上の利用可能性」
発行主体:特許庁
対象条文:特許法第29条第1項柱書
URL:
https://www.jpo.go.jp/system/laws/rule/guideline/patent/tukujitu_kijun/ht/03_0100.html
[9] 特許・実用新案審査ハンドブック 附属書B第3章「医薬発明」
発行主体:特許庁
現行版:2026年7月1日以降の審査に利用される審査ハンドブック
URL:
https://www.jpo.go.jp/system/laws/rule/guideline/patent/handbook_shinsa/document/1001kaitei/app_b3.pdf
2026年改訂案内:
https://www.jpo.go.jp/system/laws/rule/guideline/patent/handbook_shinsa/kaitei/202606.html
[10] 特許・実用新案審査基準 第III部第2章「新規性・進歩性」
発行主体:特許庁
対象条文:特許法第29条第1項及び第2項
URL:
https://www.jpo.go.jp/system/laws/rule/guideline/patent/tukujitu_kijun/ht/03_0200.html
米国
[11] 35 U.S.C. §101, Inventions patentable
発行主体:United States Congress/Office of the Law Revision Counsel
URL:
https://uscode.house.gov/view.xhtml?req=granuleid:USC-prelim-title35-section101&num=0&edition=prelim
閲覧用:
https://www.law.cornell.edu/uscode/text/35/101
[12] Mayo Collaborative Services v. Prometheus Laboratories, Inc.
裁判所:Supreme Court of the United States
事件番号等:No. 10-1150、566 U.S. 66
判決日:2012年3月20日
公式合冊判例集:
https://www.supremecourt.gov/opinions/boundvolumes/566us1.pdf
閲覧用:
https://www.law.cornell.edu/supremecourt/text/10-1150
[13] Vanda Pharmaceuticals Inc. v. West-Ward Pharmaceuticals International Ltd.
裁判所:United States Court of Appeals for the Federal Circuit
事件番号等:Nos. 2016-2707, 2016-2708、887 F.3d 1117
判決日:2018年4月13日
URL:
https://www.cafc.uscourts.gov/opinions-orders/16-2707.opinion.4-12-2018.1.pdf
[14] Hikma Pharmaceuticals USA Inc. v. Vanda Pharmaceuticals Inc.
裁判所:Supreme Court of the United States
事件番号等:No. 18-817
処理:Petition for a writ of certiorari denied
決定日:2020年1月13日
URL:
https://www.supremecourt.gov/docket/docketfiles/html/public/18-817.html
[15] Manual of Patent Examining Procedure §2106, Patent Subject Matter Eligibility
発行主体:United States Patent and Trademark Office
関連箇所:MPEP §2106.04(d)(2), Particular Treatment and Prophylaxis in Step 2A Prong Two
URL:
https://www.uspto.gov/web/offices/pac/mpep/s2106.html