知財担当者の重要性――優先権出願の一年期限を例に
はじめに
比較的小規模の会社が初めて一件、特許や商標を出願したからといって、直ちに知財担当者が必要になるということはない。しかし、企業規模にかかわらず、少なくとも社内で知財に関する役割を担う者又は体制を明確にしておくことは重要である。社長や発明者とは別の立場でその役割を担う者を置けるのであれば、その方が望ましい。
なぜなら、特許出願は、出願しただけでは終わらないからである。むしろ、出願はスタートラインであるともいえる1。
知財担当者の重要な役割の一つは、事業上重要な経営判断に必要な知財の各種手続を、法定期限内に確実に行えるように期限と予算を管理することである。
特許出願後一年間の優先権期限は、その分かりやすい例である。外国出願におけるパリ優先権、PCT出願、台湾などのPCT非締約国への出願、さらに改良発明についての国内優先権主張出願など、いずれも最初の出願から一年以内の判断が重要になる。
判断を先送りできない優先権出願
日本で特許出願を行った後、パリ優先権の利益を主張しつつ外国での権利取得を目指す場合、最初の国内出願日、すなわち優先日から一年以内に外国出願を行う必要がある。
この点、PCT締約国については、最初の出願日から一年以内にPCT出願を行い国際出願日を確保しておけば、費用のかかる各国国内手続については、原則として優先日から三十か月又は三十一か月程度まで判断を先送りできる。そのため、資金面及び時間面で大きな余裕が生じる。これは、スタートアップ企業等にとって特に大きなメリットとなりうる。
しかし、台湾などのPCT非締約国について、パリ優先権を主張して出願するためには、最初の出願日から一年以内に、直接出願を行う必要がある。
これは、現地代理人費用、現地特許庁費用、翻訳費用及び国内代理人費用などの比較的大きな出費を伴う。
また、国内優先権主張出願についても、出願後一年間の期限(優先期限)が問題となる。最初の特許出願後に改良発明が生じた場合、一定の要件の下で国内優先権を主張して新たな出願を行うことにより、最初の出願内容と改良発明を整理して一つの出願にまとめることができる。この判断も、最初の出願日から一年以内に行う必要がある。
したがって、優先期限は、単なる手続期限ではなく、外国出願、PCT出願、台湾出願、国内優先権主張出願などについて、事業上の判断を期限内に行うための重要な節目である。
手続ではなく経営判断
このような優先権出願について、経営者がなすべきことは、外国出願を行うのか、PCT出願を行うのか、台湾などのPCT非締約国への出願を行うのか、改良発明について国内優先権主張出願を行うのかを、事業上の観点から判断することである。
例えば、台湾で製造、部品供給、委託生産、開発、販売が行われる可能性があるか。台湾で製品又はサービスを提供する予定があるか。台湾に拠点を有する競合企業があるか。将来、台湾企業とのライセンス、共同開発、資本提携、取引交渉が生じる可能性があるか。
これらを踏まえた判断が必要である。
特に、半導体、電子部品、精密機器、情報通信、ソフトウェア、製造装置などの分野では、台湾企業がサプライチェーン上重要な役割を果たすことが少なくない。特に近年は、半導体及び電子部品分野を中心としてその傾向が顕著である。自社製品を台湾で販売する予定が直ちにない場合でも、台湾特許を取得する事業戦略上の意義が大きいケースが少なくない。
国内優先権主張出願についても同様である。最初の出願後に改良発明を出願できる可能性があるか。その改良発明を別出願とするのか、国内優先権を主張して包括的で漏れの無い一つの出願にまとめて権利化を目指すのか。
これらも、単なる手続判断ではなく、事業上どの発明をどの範囲で保護するかという経営判断に関わる。
知財担当者がいない会社で生じやすい判断の空白
知財部門又は知財担当者がいれば、通常、このような期限は社内で管理される。
知財担当者は、外国出願、PCT出願、台湾出願、国内優先権主張出願などについて、最初の出願から一年以内に判断が必要であることを認識し、優先期限前に経営陣や事業部門へ確認する。事業計画、海外展開、競合状況、取引先との関係、費用対効果、改良発明の有無などを踏まえ、期限内に判断できるよう社内調整を行う。
これは、維持年金の管理と並ぶ知財担当者の重要な役割の1つである。
一方、社内に知財部門や知財担当者がいない会社では、この役割が空白になりやすい。特許事務所から出願時に説明を受けたり、出願数か月後に案内を受け取ったりしていても、直ちに手続をとらない場合には、他の業務の中で忘れられてしまうことがある。
PCT出願を行ったため、外国出願の判断はまだ先でよいと考えてしまうこともある。しかし、上記の通り、台湾などのPCT非締約国については、その理解が通用しない。また、改良発明について国内優先権主張出願を検討すべき場合であっても、社内で改良発明の有無を確認する者がいなければ、最初の出願から一年が経過してしまうことがある。
しかし、法定期限は待ってくれない。
もちろん、創業初期の会社や一人会社では、専任の知財担当者を置くことが現実的でない場合もある。そのような会社にまで、直ちに知財部門を設けるべきであるという趣旨ではない。
しかし、たとえ期限を管理する知財担当者がいなくても、期限がなくなったり、延期されたりすることはない。社内に担当者がいないのであれば、経営者自身がその役割を担うことになる。
重要なのは、知財担当者を置けるかどうかではなく、知財判断を期限内に行うための責任者を明確にしておくことである。
知財管理業務の重要性
知財管理の必要性は、会社の人数や規模だけで判断できるものではない。
小規模な会社であっても、技術が高度であり、海外企業との取引や海外サプライチェーンとの関係がある場合には、外国出願の判断期限を適切に管理する必要性は高い。
特に、自社技術が海外企業の製品に組み込まれる可能性がある場合、又は海外企業との取引、共同開発、製造委託、ライセンス交渉が想定される場合には、外国出願は単なる権利取得手続ではなく、事業上の交渉力や防衛手段に関わる。
また、小規模な会社であっても、開発速度が速く、最初の特許出願後に改良発明が次々に生じる場合には、国内優先権主張出願や追加出願の判断が重要になる。改良発明をどのように保護するかは、将来の権利範囲や事業上の競争力に影響し得る。
このような会社では、社員数が少ないことを理由に知財管理を軽視すべきではない。むしろ、限られた経営資源の中で重要な判断を落とさないようにするため、社内で誰が知財判断を管理するのかを明確にしておく必要があるのである2。
当事務所での対応
当事務所では、社内で知財に関する役割を担う者又は体制を整えていくことは、中長期的な視点では企業規模にかかわらず重要であると考えている。
知財実務には、出願の要否判断、期限管理、外国出願の検討、改良発明の確認、代理人との連絡調整など、継続的かつ実務的な対応が必要である。これらを経営者自身がすべて抱え込む体制は、長期的には無理を生じやすく、また適切なタイミングでの判断を難しくすることがある。
台湾出願などのパリ優先権主張出願は、その典型例である。また、改良発明における国内優先権主張出願などについても同様である。
当事務所でも、日本出願時に、台湾を含め、外国出願や国内優先権主張出願の要否は日本出願から一年以内に判断する必要があることを説明し、出願後も一定のタイミングで案内をしている。しかし実際には、優先期限直前になってから、その要否を改めて検討するケースもある。
台湾出願については、中国語翻訳文の準備が間に合うかが問題になることもあるが、たとえ優先期限の間際であっても、基礎出願に記載されていない追加発明を含めない限り、台湾では外国語書面による出願が認められているため、まず出願日を確保し、その後に所定期間内に翻訳文を提出するという対応が可能である。
知財担当者を置かない場合でも、責任は消えない
中小企業やスタートアップにおいて、独立した知財部門や知財担当者を置くことには、コストがかかり、現実的ではない場合もある。
しかし、知財担当者を置かないからといって、その役割が消えるわけではない。
外国出願期限、優先権期限、審査請求期限、年金期限、契約上の知財判断、共同開発における権利帰属、秘密情報の管理など、知財に関する判断は継続的に発生する。これらは、誰かが管理しなければならない。
社内に知財担当者がいなければ、その管理責任と判断責任は、最終的に経営者自身が担うことになる。
優先権出願の一年期限は、このことを示す分かりやすい例である。PCT出願をしていれば外国出願の判断を後回しにできると考えていると、台湾だけが判断対象から漏れることがある。また、最初の出願後に改良発明が生じていても、それを確認する仕組みがなければ、国内優先権主張出願の機会を逃すことがある。
まとめ
知財担当者は、特許事務所と連携をとりつつ、これらの法定期限を適切に管理し、経営者や事業部門に判断を促すことに貢献する。
知財担当者を置かないこと自体が直ちに問題であるわけではない。特に創業初期の会社や一人会社では、専任担当者を置けないことも多い。しかし、その場合でも、知財担当者が本来管理すべき重要期限は存在する。社内に担当者がいないのであれば、経営者自身がその役割を担う必要がある。
知財担当者を置くことは、単なる事務負担の増加ではない。むしろ、期限内に重要な経営判断を行うための体制を整えることを意味する。
知財担当者の役割はこれにとどまらないが、優先権出願の一年期限は、その必要性を示す一例である。技術を事業の中核に置く会社ほど、誰が重要な知財管理を担うのかを明確にしておくことが重要である。
- 以前のブログでは、特許出願後にも、外国出願、審査請求、拒絶理由通知への対応、権利維持など、期限を伴う継続的な判断が必要となることを説明している。 ↩︎
- この点、特許事務所などの外注先に任せているから社内担当者は不要である、との考え方は危険である。外注先は期限を管理し、期限到来を案内することはできるが、社内の重要な経営判断を下す立場にはない。これらの案内を受け取り、社内で検討し、しかるべき時期に必要な指示を出す役割を担うのが、知財担当者である。 ↩︎
(関連記事)
・当事務所ブログ:知財管理業務の重要性 2013年8月20日
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