知財契約に関する実務(1)
共同出願契約に関する諸問題
利害が一致しない当事者間の契約
企業間の共同研究や技術提携において、共同出願契約はごく一般的に用いられている。ここでは、共同出願契約を、単に共同研究の成果を共同で出願するための手続的文書としてではなく、発明の帰属、費用負担、持分処分、外国出願、権利化後の実施、ライセンス、第三者に対する権利行使等、将来の事業と権利活用に関わる多くの事項を含む契約として捉える。技術移転を伴う場合は技術移転契約や共同開発契約等に含まれることもあれば、これに付随して締結されることもある。
共同出願契約の難しさは、共有特許権に関する法的規律そのものよりも、共同出願時点では協力関係にある当事者が、権利化後の局面では利害対立し得る点にある。
問題の本質は、共有そのものより利害調整にある
共同出願契約をめぐる問題は、最近になって生じた新しいものではない。技術分野や事業環境が変わっても、複数の当事者が一つの権利を共有しようとするときに生じる緊張関係そのものは、昔から続く実務上の問題である。
共同出願契約の説明では、特許法第73条を始めとする共有特許権の法的制約がまず語られることが多い。もちろん、その点は重要である。しかし、共同出願契約の本質的な難しさは、共有であることそれ自体よりも、共有者間の利害調整にある。
共同出願の当事者は、出願時点では一定の協力関係にあり、共同で権利化を目指している。しかし、その後の実施、ライセンス、持分処分、第三者に対する権利行使などの局面では、それぞれの事業上の立場や顧客関係、競争関係に応じて、重視するものが変わってくる。共同出願契約は、そうした将来のずれを前提に見ておく必要がある契約である。
完成品メーカーと材料・部品メーカーの関係は典型例の一つである
分かりやすい典型例の一つが、完成品メーカーと材料メーカー又は部品メーカーとの間の共同出願である。例えば、完成品メーカーAと材料メーカーBとが共同研究を行い、その成果について共同出願を行う場面では、共同出願時点では、両者とも技術成果を権利化したいという点で、一見すると利害が一致しているように見える。
しかし、権利化後の場面になると、A社が排除したい競合会社Cらが、B社にとっては潜在的な顧客であることがあり得るため、利害が対立する。A社にとっては競争相手の排除が重要であっても、B社にとっては有力な販売先や将来の取引先を失うことにつながるのである。このような関係では、共同出願時には表面化していなかった利益相反が、後になって顕在化しやすい。
もっとも、完成品メーカーと材料メーカー又は部品メーカーとの垂直関係だけが特に問題だということではない。この関係は、利害が完全には一致しない複数当事者間の共同出願契約の難しさを理解するための典型例になりやすい、という意味で挙げている。
クレームの在り方によって見え方も変わる
共同出願契約を考える際には、どのようなクレームが成立し得るかも重要である。完成品に関するクレームであれば、その権利行使先は、通常、完成品メーカーを想定したものになりやすい。他方、材料又は部品に関するクレームについて権利行使を考える場合には、その対象が材料メーカー又は部品メーカーの顧客や潜在的顧客に及び得るし、場合によっては他方当事者の調達や事業運営にまで影響が及ぶこともある。
このため、共同出願を前提とする以上、単純にクレームを書き分ければ足りるという話にはなりにくい。誰に対する牽制として働くのか、どの当事者の事業にどのような影響を与えるのかは、クレームの対象や市場構造によって変わってくる。共同出願契約の難しさは、このあたりに表れる。
三社間・四社間、産学官連携ではさらに複雑に
共同出願契約の難しさは、二社間契約に限られない。三社間、四社間となれば、利害関係は一層複雑になる。ある当事者は独占的な事業活用を重視し、ある当事者は広範な供給先の確保を重視し、また別の当事者は研究成果の公表や社会実装を重視することもある。
この点は、産学官連携でも基本的には同じである。大学、企業、公的機関は、それぞれ異なる目的と制約のもとで参加している。例えば、大学や研究所のように自ら十分な実施能力を持たない当事者が共同出願人となる場合には、不実施補償その他の対価的手当てが問題となることがある。他方、企業側としては、共同研究の成果が直ちに利益を生むとは限らず、その後も追加投資と事業上のリスクを負担することが少なくない。そのため、企業側としても、そのような条件を単純には受け入れにくいことがある。ここでも、各当事者が求めるものが必ずしも同じではないという問題が現れる。
契約書雛形の限界
このように見てくると、共同出願契約は、発明の帰属、出願方針、権利化後の活用、将来の利害対立までを含めて検討すべき契約であることが分かる。いわゆる「何にでも使える契約書雛形」は、一見便利に見えても、このような個別具体的な利害調整の部分については、あまり役に立たないことが少なくない。
知的財産に関する契約書が複雑なのは、単に条文が多いからではない。案件ごとの利害関係、権利の性質、将来の事業展開及び権利活用の在り方を踏まえて、個別に設計する必要があるからである。
おわりに
共同出願契約は、単なる出願手続の取り決めではない。利害関係が完全には一致しない複数当事者の間で、発明の帰属から権利化後の活用に至るまで、将来の関係をどのように設計するかを定める契約である。
共同出願契約に限らず、知的財産に関する契約書は、一般的な雛形に案件名を入れ替えれば足りるようなものではない。個別案件ごとの利害関係、権利の性質、将来の事業展開及び権利活用の在り方を踏まえて設計すべきものである。
次回は、この点とも関係する問題として、当事務所が知的財産契約の交渉において、相手方提示案を直ちに逐条修正するのではなく、まず主要条件及び基本的利害関係を整理したうえで本契約書の検討に進むことを重視している理由について述べたい。