State Street BankからAlice、そしてPERAへ
――コンピュータ関連発明をめぐる揺れと、変わらない実務の基本
米国のコンピュータ関連発明をめぐる特許実務は、1990年代末以降、大きく揺れてきた。広く認める方向に進んだ時期があった一方、その後は厳しく絞り込まれ、近年は再び見直しの議論が続いている。
「anything under the sun」という発想
「anything under the sun that is made by man」
――太陽の下、人が作り出したあらゆるもの。
この句は、米国特許法101条の特許適格性を広く捉える発想を象徴するものとしてよく引用される。もっとも、当然ながら無制限の保護を意味するものではない。
1998年のState Street Bank事件は、この広い発想を現代的文脈で強く印象づけた。連邦巡回控訴裁判所は、クレームが「有用で具体的な結果」をもたらすのであれば、銀行の業務処理や商取引の手順であっても特許の対象となり得るとの方向を示した。
これを受けて、米国ではビジネス方法やソフトウェアの特許化が大きく進んだ。その影響は日本にも及び、企業や起業家がビジネスモデルを守ろうとして、出願、ライセンス、訴訟が活発になった。一時は「ビジネスモデル特許ブーム」とも呼び得る状況であった。
「発明」と「アイデア」の境界
しかし、この流れは長くは続かなかった。
そもそも、どこまでが「発明」で、どこからが単なるアイデアなのかという問題があった。自然法則そのものや抽象的な考え方そのものまで特許で独占してよいのかという疑問は、Benson事件やFlook事件の時代から繰り返し指摘されてきた。Chakrabarty事件も特許対象の広がりを示す文脈で言及されることが多いが、そこから直ちに無制限の保護が導かれるわけではない。
米国実務は、広く認める方向と、抽象的なアイデアの独占を警戒する方向との間で、常に緊張関係を抱えていたといえる。
Mayo・Aliceによる揺り戻し
2010年代に入ると、米国最高裁はこの問題を改めて厳しく見直した。
Bilski事件では、「machine-or-transformation」テストのみで判断することはできないとされた。
Mayo事件では、自然法則をそのまま適用するだけでは特許適格性は認められないとされた。
さらにAlice事件では、その考え方がソフトウェアやビジネス方法にも及び、抽象的なアイデアを一般的なコンピュータで実行するだけでは足りないとされた。
これにより、State Street Bank事件以降に広がっていた期待は大きく後退し、多くのクレームが米国特許法101条の下で厳しく見られるようになった。なお、2012年のAIAでは、金融商品・金融サービスに関する一定のビジネス方法特許を対象とするCovered Business Method (CBM) reviewも導入された。これは恒久制度ではなく、2020年9月16日に新規申立てについてサンセットしているが、少なくとも当時、State Street Bank事件以後に拡大したビジネス方法特許に対し、立法・手続面でも見直しの圧力が強まっていたことを示す制度であったといえる。
実務はどう変わったか
もっとも、実務が止まったわけではない。出願人も代理人も、書き方を変えることで対応してきた。
単に業務の流れや仕組みを説明するだけでは足りず、システム構成、処理の流れ、データの扱い、ハードウェアとの関係を具体的に示すことが重視されるようになった。
要するに、「単なるアイデア」ではなく、「技術として何をしているのか」を明確に示すことが求められるようになったのである。
日本の実務との対比
ここで、日本の実務にも触れておきたい。
対象をコンピュータ関連発明に限ってみると、日本の実務は米国ほど大きく揺れてはいない。1999年3月に公表された「コンピュータ関連発明の審査基準」以来、基本的な考え方は比較的安定している。
すなわち、ソフトウェアや情報処理を抽象的に捉えるのではなく、ハードウェア資源を用いた具体的な情報処理として実現されているかを重視するという発想である。AIやIoTといった技術分野の広がりはあったものの、この基本的な枠組み自体は現在も維持されている。
もっとも、ビジネスモデル特許ブームが起こった2000年前後には、日本でもコンピュータ関連発明やビジネス関連発明の出願が急増し、特許査定率は低水準であったとされる。しかし、これは審査基準自体が不明確だったというよりも、既に示されていた「ハードウェア資源を用いた具体的な情報処理」という考え方が、当時の出願実務に十分浸透していなかったことの表れとみる方が自然であろう。
その後、審査基準への理解が進むにつれて、特許査定率は上昇し、他の技術分野との差も小さくなっていった。米国ではState Street Bank、Bilski、Mayo、Aliceと大きく振れてきたのに対し、日本では基本的な考え方自体は比較的安定しており、実務の側がそれに適応していった面が大きい。この違いは、実務を考えるうえで見落とせない。
少なくとも日本の弁理士実務では、2000年代初頭の段階で、コンピュータ関連発明においてハードウェアとの結び付きが重要であることは相当程度共有されていたように思う。他方、当時米国から日本に持ち込まれる明細書の中には、ハードウェアの記載が乏しく、抽象的なアイデアの説明にとどまるものも少なくなかった。もっとも、この点は代理人による差が顕著であり、早い段階から日本実務への理解を踏まえた明細書を作成してくる代理人もいた。
筆者自身、ソフトウェア関連発明をめぐる海外実務との比較に触れる中で、日本のコンピュータ関連発明の審査実務は比較的早い段階からよく整理されていたとの印象を持っていた。後年、国際的な案件を扱うようになってからは、そのことを実務の場で改めて意識する場面もあった。
PERA 2025という再調整
こうした状況の中で、近年注目されているのがPatent Eligibility Restoration Act (PERA) 2025である。
これは、米国特許法101条をめぐる不確実さを見直そうとする法案であり、近時再び提出されたものとして関心を集めている。技術的な解決や具体的な技術的効果を示す発明は認めやすくする一方で、自然法則そのもの、抽象概念そのもの、あるいは既知手段の単純な実装にとどまるものは排除するという形で、線引きを立て直そうとするものと理解できる。
成立の有無や最終的な内容はなお流動的であるとしても、少なくとも米国実務がなお調整の過程にあることは示している。
結局何が重要か
State Street Bank事件は、「人が作り出したものは広く保護され得る」という発想を強く印象づけた。しかし、その後の実務は、それほど単純には進まなかった。
この一連の流れを見ていると、制度論に見える問題も、実際には明細書とクレームドラフティングの問題として現れることが少なくない。
結局のところ重要なのは、発明を一つの形だけで記載しないことである。
サーバ、クライアント、スマートフォン、計測装置その他の各種デバイスに関する装置クレーム、これらを対象とするプログラムクレーム、処理方法クレーム、さらに全体システムとしてのクレームを、多面的に検討しておく必要がある。
そして、それらを支える明細書においても、複数の実施態様、処理の流れ、データの扱い、各構成の技術的意義を十分に記載しておくことが重要である。
制度は揺れる。しかし、実務の基本は大きく変わらない。むしろ、制度が揺れる局面においてこそ、この基本の重要性が改めて意識されるのではないか。
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