逸失利益の算定及び立証について
1. 逸失利益の概要と裁判実務における位置付け
逸失利益とは、不法行為や債務不履行がなければ将来得られたはずの利益の喪失を損害として評価する概念である。
- 定義: 将来の収益の喪失を評価する損害である。
- 裁判実務において、この損害が認められた例は存在するものの、それらは例外的事案に限られる。一般に逸失利益は、最も厳格かつ限定的に判断される損害項目の一つとして位置付けられている。これは、将来の不確実な事象を事後的に確定させる必要があるためである。
裁判所は、逸失利益の主張について、事実認定の過誤や損害の過大認定の危険性を回避するため、特に慎重な姿勢を取る傾向がある。このため、逸失利益が認められる事例は、事案全体の中でも極めて限られた範囲にとどまる。
請求の際には逸失利益による損害が発生していること、及びその額を原告側が立証しなければならない。
2. 裁判所の判断
逸失利益は、実際に発生しなかった「仮想の未来」の収益を評価する制度である。この構造的な特性により、過去の判決例等を参照しつつ裁判所は極めて慎重な判断を行うことが通常である。
評価には次のような検証困難な要素が含まれる。
- 前提条件の不確実性: 損害がなければ継続していたかもしれない事業計画や契約関係も、将来の変更・中止のリスクを免れない。
- 市場環境の変動: 景気後退、競争状況の変化、需要変動など、外部要因は予測不可能である。
- 技術・経済状況の変化: 技術革新などにより、収益の基礎となる条件自体が変わり得る。
このような不確定要素が重なるため、未来の収益を金額として確定することには制度的な限界が存在する。
3. 逸失利益の立証が実務上困難である根拠
逸失利益が裁判で認められるのは、特殊かつ限定的な条件が揃っている場合に限られる。認定に必要な要件のいずれか一つでも欠ければ、立証責任を果たすことは事実上不可能となる。
代表的な困難性は次のとおりである。
- 客観資料の不足: 将来の収益に関する確実な資料は通常存在しない。
- 前提条件の不確定: 請求の基礎となる事実関係自体が変動し得る。
- 因果関係の複雑性: 不法行為(または債務不履行)と、遠い将来の利益喪失とを結びつける因果関係の立証は困難を極める。
これらにより、逸失利益は裁判実務において
「理論上は成立し得るが、実務上はもっとも厳格に判断される損害」
として扱われている。
4. 特許侵害事件における損害論との比較
一方、特許侵害事件に関しては、損害額の算定方法が特許法102条により制度的に整備されている。
102条では、侵害者が得た利益の額(1項)、通常受けるべき対価の額(2項)、および特許権者が得べかりし利益の額(3項)などが規定され、裁判所はこれらに基づき損害額を算定する。
この枠組みは、一般の民事損害論に比べて特許権者の損害額の立証負担を一定程度緩和する機能を持っている。すなわち、特許侵害事件では、侵害損害を評価するための制度的推定構造が整備されている点で、逸失利益の一般原則とは構造が異なる。
したがって、本稿で述べる逸失利益の厳格性は、あくまで一般原則としてのものであり、特許侵害訴訟における典型的な損害算定(102条に基づくもの)とは明確に区別される。