日本の特許審査における早期審査制度の活用と実務的留意点(2025年版)
日本における通常の特許審査は、出願審査請求から最初の審査結果(First Action)を受け取るまでにおおむね1年程度を要する。これに対し、早期審査制度を活用すれば、審査期間を数ヶ月単位で短縮することが可能である。
最新の統計によれば、早期審査における一次審査通知までの平均期間は約2.3か月、スーパー早期審査では約0.6か月(約18日)と報告されている1。これは国際的に見ても極めて迅速な対応であり、実務上の価値は高い
早期審査の対象となる出願
日本の早期審査制度は、以下のいずれかに該当する出願を対象としている2。
- 実施関連出願
- 外国関連出願
- 中小企業、個人、大学、公的研究機関等の出願
- グリーン関連出願
- 震災復興支援関連出願(詳細は、震災復興支援早期審査・早期審理についてを御覧ください。)
- アジア拠点化推進法関連出願
事情説明書と対比説明の要否
早期審査を申請するためには、「早期審査に関する事情説明書」の提出が必要である。ここでは、発明が先行技術文献に対して新規性・進歩性を有することを説明する、いわゆる「対比説明」が求められる場合がある。
対比説明が不要なケース
- 出願明細書中に先行技術との対比が記載されている場合
- 国際調査機関等によるサーチレポート、他国での特許査定や拒絶理由通知が存在し、それに基づく対比が可能な場合
簡易な対比説明で足りるケース
- 他国で引用文献付きの拒絶理由通知が発行されており、その文献との簡潔な比較記載で足りる場合
詳細な対比説明が必要なケース
- 他国での審査が開始されていない場合、または引用文献が特定されていない場合には、出願人自らが先行技術調査を行い、その文献との対比説明を作成する必要がある。
基本的に日本出願を基礎出願とする多くのケースでは、先行技術文献の表示が推奨されているから、明細書中に先行技術文献を表示して簡単な対比説明をしておけば、対比説明は省略できる。なお、明細書に先行技術文献の表示がない文献に基づいて日本での対比説明を作成した場合には、米国におけるIDS(Information Disclosure Statement)の対象となる可能性があるため、米国出願が存在する場合には注意が必要である3。この点は、日米間での出願戦略の整合を図るうえでも十分な配慮が求められる。
PPHとの比較と選択
PPH(Patent Prosecution Highway)は、他国の審査結果を活用して審査を迅速化する制度であり、日本も多数の国と相互運用している4。しかし、そもそも日本出願を基礎出願とする出願人にとって日本の審査に先んじて他国での審査結果を取得できるケースは稀であるし、日本独自の早期審査制度とは以下の点で異なる。
- PPHでは、他国で特許性が肯定されたクレームと日本出願のクレームとの対応表の作成が必須であり、実務上の負担が大きい。
- 一方、日本の早期審査制度では、事情に応じて対比説明を省略または簡略化できる柔軟性がある。
そのため、他国での査定が確定している場合でも、PPHではなく国内制度による早期審査を選択する方が合理的であるケースも少なくない。
制度利用のメリットと戦略的留意点
メリット
- 設定登録日が早まることにより、特許の実効支配期間(出願日から20年間)を最大限に活用可能
- ライセンス交渉や訴訟において、登録済み権利であることが交渉上の優位性となる
- 「出願中」よりも「特許権発生済み」の方が、第三者に対する牽制効果が高い
留意点
- 出願公開を待たずに審査が進行するため、出願公開よりも先に特許査定され、特許公報が掲載される場合がありうる。
- 優先権を主張して出願された場合でも、審査が3か月で終了すれば、出願から18か月後の公開より前に公報発行となることがある。
- 特に優先期間の初期段階で日本出願がなされた場合には、早期公開がより現実的となる。
- 中間処理費用(拒絶理由通知対応等)が早期に発生し、予算計画に影響を与える可能性がある。
- 分割出願や改良発明を視野に入れている場合には、審査の進行速度が戦略に影響を及ぼす可能性がある。
- 未公開先願の存在を理由に公開されるまで拒絶理由通知を送付できない事例がごく稀に存在する5。
まとめ
日本の早期審査制度は、単なる迅速化手段ではなく、企業の知財戦略における実効的な選択肢である。特に、中小企業要件を満たす場合や外国出願を伴うような多くの場合に制度利用が可能である一方、早期審査事情説明書の作成や他国制度(特に米国IDS制度)との整合を含めて、出願ごとの検討が必要不可欠である。
戦略的な分割や中間処理コストの配分、他国での出願状況との整合性を考慮しつつ、制度の特性を理解した上で、柔軟かつ実務的に活用することが望ましい。
(参考資料)
- 特許庁「早期審査・早期審理について」
https://www.jpo.go.jp/system/patent/shinsa/soki/v3souki.html ↩︎ - 特許庁「特許出願の早期審査・早期審理ガイドライン」
https://www.jpo.go.jp/system/laws/rule/guideline/patent/document/index/guideline.pdf ↩︎ - USPTO MPEP §609 – Information Disclosure Statement (IDS)
https://www.uspto.gov/web/offices/pac/mpep/s609.html ↩︎ - JPO – Patent Prosecution Highway (PPH)
https://www.jpo.go.jp/system/patent/shinsa/soki/pph/index.html ↩︎ - 小職がかつて関与した事件では、審査官から電話で未公開先願が公開されるまで審査を中止する旨の連絡があったことがある。なお、後日談として、審査官の人事異動があり、後任の審査官が審査した結果、前任者の判断(特許法第29条の2)とは異なる判断をして直ちに特許査定となった。審査基準に基づいて審査されるとはいえ、人の手による審査である以上、このような判断のばらつきは不可避である。 ↩︎