「弁理士」の英語表記
弁理士を英語に翻訳することは、意外に難しい。
米国の場合、わが国の特許庁に相当するのは、米国特許商標庁(USPTO: United States Patent and Trademark Office)である。このUSPTOに対する特許出願手続の代理人資格は、「パテント・エイジェント(Patent Agent)」と呼ばれる。英語版の名刺の肩書きに “Patent Agent” と記載している日本の弁理士は多い。当職も最初につくった名刺はそうしていた。しかし、米国の “Patent Agent” は、文字通り特許庁に対する特許系手続の代理を行う資格であり、わが国の弁理士資格とは制度上の対応関係が完全には一致しない。
米国では、裁判所で代理活動を行う資格は Attorney at Law と呼ばれる。各州ごとに弁護士資格制度が存在し、州ごとの試験、倫理要件、登録後の継続研修(CLE: Continuing Legal Education)等が求められる。技術的バックグラウンドを有し、特許実務を扱う弁護士は、一般に Patent Attorney と呼ばれることが多い。もっとも、Patent Agent の試験自体も日本人にとって容易なものではなく、日本で実務をしつつ同試験に合格されている先生方もわずかながらおられる。日本在住のままでは登録に制約があるようであるが、米国特許実務に関する理解の深さを示す一つの強みといえる。
一方、日本の弁理士資格は、特許(実用新案・意匠)はもちろん、商標事件も扱うことができる。さらにいえば、著作権、不正競争防止法(一定の範囲)、回路配置利用権、種苗法、地理的表示(GI)保護制度など、知的財産に関する比較的広い範囲を扱うことができる。なお、特許や商標は特許庁(経済産業省の外局)の管轄であるが、著作権は文化庁、地理的表示は農林水産省の管轄であり、単に一つの省庁の所管に対応する資格というわけでもない。
裁判に関してみると、わが国の弁理士は、単独で審決取消訴訟(※2)の代理人となることができる。さらに、弁理士が代理できる行政手続に関する行政処分について不服がある場合には、一定の範囲で行政不服申立てその他の不服申立てを行い、その結果に対する行政訴訟の代理人となることもできる。すなわち、弁理士は、自己の業務領域に対応する行政手続及びその延長線上の行政訴訟について、独自に代理権を有する国家資格である。
では、民事訴訟の代理はどうか。弁理士は、知的財産権に関する民事訴訟については、弁護士を補佐する「補佐人」となることができるが、当然に単独で代理人になることができるわけではない。知的財産権以外の民事事件(離婚事件、債務整理、M&Aに絡む一般民事事件等)を扱うこともできず、刑事訴訟についても代理人となることはできない。
この意味において、弁理士を “Patent Agent” と翻訳することも、また “Patent Attorney” と翻訳することも、米国の資格制度からみれば厳密には正確とはいえない。
一方、わが国では、弁理士資格とは別に、「特定侵害訴訟代理業務付記弁理士」という資格がある。長いので「付記弁理士」と略記することが多い。弁理士登録後、基礎研修及び能力担保研修を修了し、さらに付記試験に合格し、日本弁理士会に登録すれば、この付記弁理士となる。付記弁理士は、損害賠償請求訴訟、差止請求訴訟、不当利得返還請求訴訟等の知的財産権に関する一定の民事訴訟について、原則として弁護士と共同で代理することができる。
したがって、付記弁理士は、知的財産権に関する行政訴訟については単独で、知的財産権に関する一定の民事訴訟については弁護士と共同で代理することができる。特許法は一般法である民法との関係でも特別法として位置付けられ、民事訴訟法や行政事件訴訟法等との接点も多い。このため、弁理士試験及び付記試験においても、それらに関する一定範囲の知識が当然に要求される。
他国に目を向けると、資格制度はさらに多様である。例えば英国では、法曹資格の構造が米国とも日本とも異なる。このように、資格制度が国ごとに異なる以上、日本の弁理士資格に完全に対応する単一の英語表現を見つけることは容易ではない。
そうすると、正確を期するのであれば、柔道(Judo)や相撲(Sumo)と同様、そのままアルファベット表記して “Benrishi” とするのが最も正確ともいえる。しかし、柔道や相撲ほど国際的に認知された語ではないため、英語圏の相手方に直ちに意味が伝わるとは限らない。
また、米国では、技術的バックグラウンドを有して特許事件を扱う弁護士は Patent Attorney と呼ばれ、商標事件や著作権事件等を主として扱う弁護士は Trademark Attorney と呼ばれることがある。両方扱う場合には Patent and Trademark Attorney という表現が用いられることもある。さらに、実務の世界では、出願系(prosecution)か訴訟系(litigation)かという区別で説明されることも多い。知的財産の国際会議で名刺交換した際に、「あなたの専門は特許ですか、商標ですか」と聞かれることがあり、その場合、当職は “Patent and Trademark” と答えることが多い。
このように、わが国の弁理士は、国際的にみた場合、知的財産分野に関する限り比較的広い範囲を扱う資格であることが分かる。ただし、あらゆる法廷事件を単独で扱える資格というわけではなく、知的財産権以外の一般民事・刑事事件を扱えるわけでもない点には注意を要する。
したがって、英語表記は、何を主に伝えたいかによって選ばざるを得ない。特許庁に対する出願代理業務を中心に行う弁理士であれば、Patent Agent という肩書きが実務上分かりやすい場合もある。特許と商標の双方を扱うことを強調したい場合には、Patent and Trademark Agent という表現も考えられる。付記弁理士についても、直訳的な完全対応語があるわけではなく、必要に応じて説明を補うのが現実的である。
当職の場合、付記弁理士であり、特許も商標も扱っているため、英語版の名刺には一つの表現例として “Patent and Trademark Attorney (Prosecution and Litigation)” と記載している。ただし、これは制度的に完全に対応する公式訳という趣旨ではなく、外国人と名刺交換する際には、”Japanese Benrishi” は一般的な意味での Attorney at Law ではなく、刑事事件や知的財産権以外の民事訴訟は扱えない旨を口頭で補足している。日本国内で認められた資格である点を強調したい場合には、”admitted in Japan” を付けることも一案である。
ちなみに、日本の弁護士制度では、弁理士登録をしていなくても、一定の範囲で特許庁に対する手続を行うことができるとされている。このため、弁護士は、特許庁に対する手続をするために常に弁理士登録を要するわけではない(※4)。もっとも、先に弁理士試験に合格して弁理士となり、その後さらに勉強して弁護士試験に合格された先生方もおられる。資格取得の経路はさまざまである。
いずれにせよ、資格制度が国によって異なるのは、各国ごとに法体系や実務が異なるためにほかならない。このことは、先の 守秘特権(Attorney-Client Privilege)に関する議論 とも関係している。
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※1 米国における “Patent” は、”Utility Patent” と “Design Patent” の両方を含む。したがって、”Patent Agent” は、米国意匠出願の代理人となることも可能である。ちなみに、米国には日本の実用新案制度に相当する制度は存在しない。
※2 審決取消訴訟は知的財産高等裁判所で扱われる行政訴訟であり、例えば拒絶査定不服審判について不服を申し立てる場合、特許庁長官を被告として知的財産高等裁判所に提訴する。無効審判や取消審判のように相手方がいる場合は、審判の相手方を被告とする。
※3 このような不服申立てを「審査請求」というのは不正確であり、特許法に規定される「出願審査請求」とは全く別の制度である。
※4 弁理士登録の意味としては、知財実務を扱っていることを分かりやすく示したり、日本弁理士会から会員向け情報を入手できたりする点が挙げられると思われる。もっとも、日本では弁理士登録の有無にかかわらず、技術的バックグラウンドを有する弁護士自体が非常に少なく、貴重な人材といえる。