実用新案登録に基づく特許出願の有効性――戦略的活用による迅速な解決

実用新案権は、特許権と比べて迅速かつ安価に取得できる反面、権利行使に一定の制約があるというデメリットがある。例えば、実用新案法第29条の2第1項の規定により、権利行使(差止や損害賠償請求訴訟の提起はもちろん、警告状送付も含まれる)には、実用新案技術評価書(同法第13条)の提示が必要である1。この評価書の内容自体に法的効力はないが、仮にその内容が否定的であれば、実務上はよほどの自信がない限りは権利行使を断念せざるを得ない。否定的な評価書を提示して権利行使に踏み切った場合、無効主張や不当な警告に対して損害賠償請求といった反撃を受けるリスクがあるためである。

こうしたリスクを避ける手段として有効なのが、「実用新案登録に基づく特許出願」(特許法第46条の2)である。これは、実用新案登録日から3年以内に特許出願を行うという期限が定められているものの、登録実用新案にかかる考案と同一の発明について特許出願を行い、その他一定の手続を経ることで、特許権を取得できる制度である2

当事務所においても、本制度の有効性が確認された事例がある。依頼者は相談時点ですでに実用新案権を保有しており、その模倣品がインターネット上で販売されていた。実用新案技術評価書を取得して権利行使することも可能であったが、否定的な見解や将来の潜在的な訴訟リスクを踏まえ、特許権を取得した上で権利行使する方針を提案した。

依頼者は当事務所の提案に同意し、実用新案権に基づく特許出願を行った。出願後に拒絶理由通知を受けたが、適切な補正(特許法第17条の2)を行うことで特許権を取得することができた。その後、特許に基づく警告状を送付したところ、警告状送付から相手方は対象製品について販売中止を表明し、わずか2週間ですべての販売サイトが閉鎖された

仮に実用新案権に基づく訴訟を提起していた場合、控訴審まで含めて判決に至るには2〜5年を要した可能性もある。あえて「遠回り」に見える特許出願の手続を経たことで3、潜在的なリスクを回避するとともに、コストと時間のかかる訴訟をも回避し、「販売差止」という実質的な果実を得られた点は極めて意義深い。

取得した実用新案権をすべて権利行使するとは限らない。実用新案出願の出願件数は減少傾向にある4制度としては存続しており、権利行使のハードルやリスクを過度に強調して全ての出願を特許出願とする戦略よりも、ライフサイクルの短い製品について早期かつ低コストで権利取得できる実用新案制度の利点を活かしつつ、本制度のような手段を併用することで、実用新案制度と特許制度双方の特徴を活かした柔軟な戦略が可能となる。

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  1. <実用新案法>
    (実用新案技術評価書の提示)
    第二十九条の二 実用新案権者又は専用実施権者は、その登録実用新案に係る実用新案技術評価書を提示して警告をした後でなければ、自己の実用新案権又は専用実施権の侵害者等に対し、その権利を行使することができない。
    (実用新案権者等の責任)
    第二十九条の三 実用新案権者又は専用実施権者が侵害者等に対しその権利を行使し、又はその警告をした場合において、実用新案登録を無効にすべき旨の審決(第三十七条第一項第六号に掲げる理由によるものを除く。)が確定したときは、その者は、その権利の行使又はその警告により相手方に与えた損害を賠償する責めに任ずる。ただし、実用新案技術評価書の実用新案技術評価(当該実用新案登録出願に係る考案又は登録実用新案が第三条第一項第三号及び第二項(同号に掲げる考案に係るものに限る。)、第三条の二並びに第七条第一項から第三項まで及び第六項の規定により実用新案登録をすることができない旨の評価を受けたものを除く。)に基づきその権利を行使し、又はその警告をしたとき、その他相当の注意をもつてその権利を行使し、又はその警告をしたときは、この限りでない。
    2 前項の規定は、実用新案登録出願の願書に添付した明細書、実用新案登録請求の範囲又は図面についてした第十四条の二第一項又は第七項の訂正により実用新案権の設定の登録の際における実用新案登録請求の範囲に記載された考案の範囲に含まれないこととなつた考案についてその権利を行使し、又はその警告をした場合に準用する。 ↩︎
  2. <特許法>
    (実用新案登録に基づく特許出願)
    第四十六条の二 実用新案権者は、次に掲げる場合を除き、経済産業省令で定めるところにより、自己の実用新案登録に基づいて特許出願をすることができる。この場合においては、その実用新案権を放棄しなければならない
    一 その実用新案登録に係る実用新案登録出願の日から三年を経過したとき。
    二 その実用新案登録に係る実用新案登録出願又はその実用新案登録について、実用新案登録出願人又は実用新案権者から実用新案法第十二条第一項に規定する実用新案技術評価(次号において単に「実用新案技術評価」という。)の請求があつたとき。
    三 その実用新案登録に係る実用新案登録出願又はその実用新案登録について、実用新案登録出願人又は実用新案権者でない者がした実用新案技術評価の請求に係る実用新案法第十三条第二項の規定による最初の通知を受けた日から三十日を経過したとき。
    四 略
    2 前項の規定による特許出願は、その願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項が当該特許出願の基礎とされた実用新案登録の願書に添付した明細書、実用新案登録請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内にあるものに限り、その実用新案登録に係る実用新案登録出願の時にしたものとみなす。ただし、その特許出願が第二十九条の二に規定する他の特許出願又は実用新案法第三条の二に規定する特許出願に該当する場合におけるこれらの規定の適用並びに第三十条第三項、第三十六条の二第二項ただし書及び第四十八条の三第二項の規定の適用については、この限りでない。
    3 第一項の規定による特許出願をする者がその責めに帰することができない理由により同項第一号又は第三号に規定する期間を経過するまでにその特許出願をすることができないときは、これらの規定にかかわらず、その理由がなくなつた日から十四日(在外者にあつては、二月)以内でこれらの規定に規定する期間の経過後六月以内にその特許出願をすることができる
    4 略
    5 略 ↩︎
  3. 早期審査対象出願とした結果、特許出願から特許査定を得るまでに約5ヶ月かかった。 ↩︎
  4. 特許庁発表の最新の統計によれば年間出願件数は5000件を下回っているようである。
    https://www.jpo.go.jp/resources/statistics/syutugan_toukei_sokuho/document/index/202502_sokuho.pdf ↩︎