委任による代理人と請負契約の相違
―「何度でもやり遂げる義務」と「成功を保証しないこと」の境目―
契約トラブルの多くは、当事者が「どのような義務を負っているのか」を互いに誤解していることから生じる。とりわけ、「委任による代理人」と「請負契約の受注者」の違いは、実務上きわめて重要であるにもかかわらず、しばしば混同されている。請負契約は、成果物が不完全・未完成であれば、契約の範囲内で完全・完成するまで何度でもやり遂げる義務を負う。
一方、委任契約は、依頼された事務を適切に遂行する義務を負うにとどまり、「成功」や「結果」を保証する契約ではない。
本稿では、この点を軸に、両者の違いを掘り下げて整理する。
1. 民法上の位置づけ
1-1. 請負契約とは何か
民法上、請負契約とは「仕事の完成」を約束する契約である。
依頼者(注文者)は受注者(請負人)に対し、成果物や結果の完成を求め、その対価として報酬を支払う。
典型例は次のとおりである。
- 建築工事
- システム開発・ソフトウェア構築
- ロゴマークやデザイン制作
- マニュアル・報告書などの完成物の作成
請負人が約束するのは「作業の実施」ではなく「完成した仕事」である点が本質である。
1-2. 委任契約とは何か
一方、委任契約は「事務の処理」を約束する契約である。
受任者は、依頼者からゆだねられた法律行為または事務処理を適切に遂行する義務を負う。
典型例としては以下が挙げられる。
- 弁護士による訴訟追行・交渉
- 弁理士による特許出願・中間対応
- 税理士による申告書作成・税務相談
- 医師による診療行為(一般に委任類似)
これらは「適切な事務遂行」が義務であり、「勝訴」「登録」「調査回避」といった結果の保証は契約内容ではない。専門的知識を備えた個人または法人(弁護士法人、弁理士法人等)が、厳格な職業倫理の下で、依頼者の利益となるよう代理人として事務を遂行することが委任契約の本質である。また、このような代理関係が正常に機能するためには、依頼者と代理人との間に相互の信頼関係が醸成されていることが不可欠の前提条件となるし、当事者はいつでも委任契約を解除できる。
1-3. 例外的な事務処理としての維持年金納付
なお、特許維持年金の納付のように、
- 実体審査を伴わない
- 弁理士の専権業務ではない
- 本人納付も可能である
といった単純な事務処理も、法律構造としては広義の委任に含まれる。
もっとも、専門的判断を要する典型的な委任業務とは性質が異なるため、委任契約の理解を補う例外的事務として位置づけられる。
これらであっても、成果保証を伴う「請負」ではなく、適切に事務を行うという範囲での「委任」にとどまる。
2. 「完成義務」と「注意義務」の構造的な違い
2-1. 請負契約の本質:完成義務と再修補義務
請負契約の中心は「完成義務」である。
成果物が契約どおりに完成していない場合、請負人は原則として次の責任を負う。
- 無償での修補(やり直し)
- 代替物の引渡し
- 必要に応じた報酬減額や損害賠償
つまり、成果物が不完全・未完成である限り、請負人は「完成するまで何度でもやり遂げる義務」を負う。
ただし、以下のような場合は追加契約の対象となる。
- 依頼者側の仕様変更・方針変更
- 契約で定めていない追加機能・追加範囲の要求
- 完成後の「気分・嗜好」に基づく修正要求
とはいえ、契約で定めた仕様や品質に達していない限り、請負人の負担で修補すべきという原則は揺らがない。
2-2. 委任契約の本質:善管注意義務と結果不保証
委任契約で受任者が負うのは「善良な管理者の注意義務」である。
これは、専門家として通常期待される注意と判断を尽くして事務を処理する義務である。
重要なのは、委任契約では「結果」ではなく「プロセス」に重心が置かれる点である。
- 必要な調査を行い
- 適切な手段を選択し
- 期限を守り
- 適切な手続がなされていれば、
たとえ結果が依頼者の意図したものでなくても契約義務は履行されたと判断される。
すなわち、職業代理人が、その能力の範囲内で適切な手続・適切なプロセスを遂行したにもかかわらず、特許出願の拒絶、訴訟の敗訴、税務判断の否定といった依頼者にとって不本意な結果に至ったとしても、それだけを理由に「無料でやり直せ」という要求が認められることは決してない。
3. 「何度でもやり直す義務」があるのはどちらか
3-1. 請負は「完成まで繰り返す義務」を負う
請負契約では、成果物が完成していない限り、請負人は完成させるまで繰り返し修補する義務がある。
IT・デザイン・建築などでは特に誤解が多い領域である。
3-2. 委任に「やり直し義務」は存在しない
一方、委任契約には「成功までやり直す義務」は存在しない。
成功や結果は契約の目的ではなく、あくまで「適切な事務処理」が義務である。
4. 「業務委託契約」という名称に潜む誤解
実務では「業務委託契約」と称する契約が多いが、名称ではなく「実質」で判断される。
- 完成を約束 → 請負
- 適切な事務処理を約束 → 委任
混在している場合も多く、契約書に明確化しておく必要がある。
5. 専門職サービスの位置づけ
弁護士・弁理士・税理士・コンサルタント等の専門職の業務は、原則として委任契約に属する。
- 特許が必ず登録される
- 裁判で必ず勝てる
- 税務調査を回避できる
- 売上が必ず伸びる
といった結果の保証は、契約内容ではない。
6. まとめ
- 請負契約は成果物の完成が義務であり、完成するまで請負人は何度でも修補を求められる。
- 委任契約は適切な事務処理が義務であり、結果の成功・完成を保証するものではない。
- 特許維持年金の納付などの「単純事務処理」も広義の委任に含まれるが、請負的義務は生じない。
- 誤解を防ぐには、契約書・見積書の段階で類型と責任範囲を明確にすることが不可欠である。
プロフェッショナルサービスの現場で、委任を請負のように扱うと紛争の火種となり、逆に請負を委任のように扱うと依頼者保護に欠ける。両者の境界を正しく理解することが、安全で持続可能な業務提供の前提となる。